やれることは全部やる 未熟だからこそ
調べて調べて時間かけても徹底的に
弁護士の堀田直孝さんは取材当日、落ち着いた色合いの三つぞろえスーツで現れた。聞けば「いつもこうした服装が多い」といい、折り目正しい人柄が外見からもうかがえる。早稲田大学大学院法学研究科の知的財産法LL.M.コース(1年制修士課程)で、堀田さんの指導に当たった上野達弘教授も「優秀なのに謙虚で真面目で向上心も強い。『知財のコースにはどんな学生がいるんですか?』と聞かれた時、よく例に挙げさせてもらう『自慢の卒業生』です」と評した。
堀田さんは2025年、主に企業法務を扱うシティユーワ法律事務所に入所した。現在は上司の弁護士に付いて、訴訟や顧客企業からの問い合わせなどに対応する。訴訟で裁判所に提出する「準備書面」や、問い合わせへの回答書などについては、堀田さんが第1稿を書き、上司のチェックを受けた上で完成稿を整える。多くはオンライン上で行われるものだが、訴訟の場に同席することもある。
「入所して数カ月は特に何も分からない状態でしたし、知財関連の法律だけでなくあまり触れてこなかった法律の知識も求められ、やっていけるのだろうかと思うこともありました」
新人である自分は、知識は不十分で経験はまったくない。「それならどうするか」と考えた時、堀田さんなりに導き出した解が「目の前の仕事の手を抜かず、時間がかかってもできることを全部やる」だった。
例えば準備書面を書く時は、アクセスできる関連論文や同種訴訟の判例に目を通し、気になる項目はしらみつぶしに調べる。調べた内容を整理し、書面の構成を考え、文章に落とし込む。
もともと考えることは好きなたちで、司法試験に挑戦した時も「つらい時期はあったけれど、勉強そのものはすごく楽しかった」という。調べるうちに新しい論点に気付き、そこを深掘りするとまた別の論点が出てくる。そのプロセスを繰り返すうちに、どんどん新しい学びを得られることが面白くなり、自分の中に知識が蓄積していく、という手応えも得られるようになった。
一方、仕事の中には即日や1、2日間、といった迅速な対応を求められる案件もある。ある時顧客企業から「情報セキュリティー上のトラブルが発生した」との急報が入った。この時は先輩弁護士と協力して急いで取るべき対策を考え、回答書を出した。
「スピードが要求される仕事を初めて経験して、どう動けばいいのかを学ぶいい機会になりましたし、やりがいも感じました」
事務所の図書館にて。企業のインターンなども経験したが、法律というよって立つ「土台」のある法曹の世界により強く引かれ、弁護士になった。「法律について考え勉強する時間が、最も幸せ」だという。
1日1時間半を自己研鑽に
自分に負荷をかける
まだ、実務に携わるようになって8カ月余り。
「上司や先輩たちは圧倒的な知識と経験を持っている。でも自分にはまだまだ戦える『武器』がない」と感じることもしばしばだ。
準備書面一つとっても、上司の弁護士や先輩弁護士は多角的に考えて、主張の内容や順番を組み立てている。先輩とのちょっとした世間話からも、最近改正された法律の内容などをきめ細かく把握していることがうかがえ、幅広く深いインプットを欠かさない姿に刺激を受ける。
「専攻していた知財の分野でも、豊かな経験を積んだ先輩が多く、自分も研鑽を積まなければならないと感じています。弁護士として必要な経験や知識を身に付けるにはしっかりと量をこなす必要もあり、積極的に仕事に取り組んでいきたいと考えています」
しかしやみくもに、多くの案件を引き受けるだけではない。「機械的に処理するだけでは、思考が止まり成長には結び付かないと考えているので、一つ一つの仕事についてなるべく『振り返り』の時間を持つことも心がけています」とも語る。
先輩たちの作成した準備書面やドキュメントから学んだ内容を個人的なメモに残し次はここに気を付けようというルールも蓄積しようとしている。
さらに1日最低1時間半を目標に、ビジネス法務に関する論文や雑誌を読む、英語を勉強するといった業務外の学習も自分に課している。大学院時代は大量の文献を確認し論文を書いていたが、こうした「インプット」の習慣を、社会に出てからも維持したいからだという。通勤時間を減らして少しでも多くの時間を学びに割けるよう、住まいも職場近くに借りた。
「仕事が忙しい時期には、目標の時間を確保できないこともありますし、きついなと思うこともあります」
それでも1時間半を勉強に充てるのは、「この業界には、自分よりはるかに多くの仕事をしている人たちがいる」という認識があるためだ。「もっと自分に負荷をかけ、一日でも早く必要な知識と経験を身に付けたいと考えています」
先輩や上司は「無理してない?」など小まめに気を遣ってくれる。「皆さん優しくてありがたいです。だからこそ、そこに甘えず自分から積極的により多くの案件に関わりたい」
自宅にて。朝は起床後、メールチェックと筋トレをするのがルーティンだ。仕事以外では、自宅に近い皇居でのランニングとピアノを弾くことが息抜きになっている。
選ばれる弁護士へ
危機意識が学ぶ意欲に
堀田さんは司書だった母親の影響もあり、子どもの頃から本が好きだった。そこから本やアニメ、映画などの著作権に興味を持ち、早稲田大学法学部に進学した。在学中に親しい友人が起業し、事業を成長させる姿を目の当たりにして大きな影響を受けた。「知的財産の領域を通じて、友人のように事業を通じて社会に貢献する人の役に立ちたい」と、本格的に弁護士を志すようになった。
2022年に司法試験に合格。通常ならすぐに司法修習が始まるが「能力的に未熟な自分が、このまま実務に出ていいのか」という思いが強まった。そこで司法修習を1期遅らせて大学院に進学し、知的財産に関する法律をさらに研究することに。大学院では研究の傍ら、東京や地方の起業家やほかの研究分野の人々と交流を持ち法曹以外の業界の人たちとも意識的に関わった。
「企業法務の仕事では、法律だけでなくそれぞれの産業に対する理解も大切です。まだまだ『十分な知識を備えた』とはいえませんが、事業の実情についてさまざまな人の話を聞けたことは、とても大きな学びになりました」
かねて興味のあったIT分野も学び、応用情報技術者と情報処理安全確保支援士の資格も取得した。情報セキュリティーの知識は、セキュリティートラブルの処理の際にも一定程度役立ったという。
「ゆくゆくは知財の分野の経験を積み、サイバーセキュリティーやデータの利活用に関する領域の知識も深めたいと考えています。法律と技術の両面を理解した上で有益なアドバイスができる弁護士になることを目指しています」
日常業務に全力で向き合い、自己研鑽を欠かさない。知識と経験を貪欲に求める姿勢の根底には「必要な能力を身に付けるための努力を怠ったら、本当の意味で『選ばれる弁護士』にはなれないんじゃないか」という危機意識があるという。
「既にこの業界には、多くの優秀な弁護士の先輩が存在し、生成AIなどの技術も加速度的に進化していることを日々実感しています。だからこそ、多くの人に選ばれ信頼される弁護士になるためは、立ち止まらず学び続けなければいけないと感じています」
大学院の指導教官だった上野教授は、堀田さんに「優秀」と太鼓判を押したが、それに付け加えて「能力はあるのだからもっと前に出てもいいのに、自信のなさそうな様子も見受けられる。実務に触れる中で、変わっていくのかもしれません」とも話した。これからキャリアを積む中で、堀田さん自身にどんな変化が起こるのかは、まだまだ未知数のようだ。
早稲田キャンパス「Uni.Shop & Café 125」で開かれた「知財懇親会」にて。知的財産分野に関わる学識者、法曹関係者らの集まりで、恩師の上野達弘教授(右写真・右)とも再会した。
