学問、そして料理!? 知的好奇心を育てながら遺伝子、タンパク質の機能を解明する「分子生物学研究室」
化学と生命の領域が融合した分野で、DNAやRNAを中心に生物を分子の面から解明する「分子生物学」の研究室。ヒトゲノムの配列からそれぞれの遺伝子の機能を明らかにする「遺伝子ライブラリー」の設計・作製や、細胞が分裂する際の分子機構の解明などが主な研究分野です。細胞内の「オーロラ」という遺伝子を世界で最初に発見し、このタンパク質を阻害することでがん細胞を殺せることを見つけ出した研究室です。
Work
遺伝子やタンパク質は毎日がんばって自分の使命を果たしている!
生物を、DNAなどの分子のレベルから研究する分子生物学。寺田研究室では遺伝子から、タンパク質、細胞を研究対象として、「遺伝子ライブラリー」を作ることを柱としています。2003年にヒトゲノムの配列が明らかになりましたが、遺伝子のすべての機能がわかったわけではありません。そこで必要なのが、DNAの集合体である遺伝子ライブラリーを細胞内に導入し、その遺伝子がどんなタンパク質に変換されるかによって機能を明らかにするという技術なのだそうです。
この技術は何をもたらすのでしょうか? 寺田先生は、体細胞は寿命を持つが幹細胞は寿命を持たないこと、老化した細胞ですら幹細胞へよみがえらせる iPS技術、がん細胞には寿命がないため1951年に亡くなった女性のがん細胞が今も世界中の研究室で培養されていることなど、細胞の不思議な話を次々繰り出して説明してくれます。「細胞の寿命を決定する仕組みは何なのか!?」――遺伝子ライブラリーの技術でこれを解明することが、老化防止や、逆にガン細胞を老化に追い込むことにつながるのです。
もうひとつメインの研究となっているのが、細胞が分裂するときに大きな役割を果たすタンパク質「オーロラ」。これを研究している清塚さん(修士2年)が「細胞のガン化にも関係しているのではと報告されていて、ガン遺伝子としても有名ですね」と説明してくれましたが、このタンパク質を阻害することで、ガン細胞を殺せるということを発見したのが寺田研なのです! この発見を元に抗がん剤が開発され、もうすぐ臨床実験の段階に入るのだそう。
このオーロラというタンパク質は、染色体の分裂において、微小管と動原体が正しく結合できなかった場合に間違った部分を切って元に戻す、もつれた糸を修正してやる働きをするのです。「人間関係のもつれは面倒くさくて我々はあきらめちゃったりするけど(笑)、このタンパク質はあきらめず、切ってはつなぎ換え、切ってはつなぎ換えて修正していくという仕事を日々やってくれているんです。1個でも間違った分配が起きると細胞は死んだりガンになったりしますが、こいつがせっせと働いてくれているおかげで、ガンや遺伝病が抑えられるんです。おもしろいでしょ」。人間関係が面倒になったとき、けなげなタンパク質のことを思えばもう少しがんばれるかも?
細胞を見るには、こんな方法を取ります。「蛍光タンパク質」を細胞に導入して核を赤く染め、目で見えるようにしたもの。
人はいったい何なのか、生き物とはいったい何なのか
研究室の日常は「DNAの実験とか、遺伝子のつなぎ合わせとかを行う遺伝子工学、タンパク実験、生化学的なもの、あとは細胞生物学的な、生きた細胞を使った実験」(修士2年・岩川さん)というもの。分子生物学は遺伝子、タンパク質、細胞の3つを扱うために時間配分が難しい分野ながら、その分「この期間にこれをやればちょうどこっちが終わるから、この後にあれができるなってスケジュール管理ができるように」(修士2年・吉田さん)なるそうです。岩川さんは時間配分がうまくなったおかげで家事まで上手になったとか。学問の意外な効果!
「この研究室に入るとプレゼンテーションと、スケジュール管理と、あと料理がうまくなるんです」。料理のレシピと生命科学系の実験のそれはよく似ていて、実験がうまくなると必ず料理がうまくなるんです。この3つがうちのウリかな、と笑う寺田先生。とくにプレゼンテーションは、どうすれば第三者にわかってもらえるかという視点から組み立てることで、先生がびっくりするほどうまくなるのです。実際、化学・生命化学科の卒論発表賞の受賞者を何度も輩出しています。
その賞を2009年度に受賞した清塚さんは実験がものすごくうまく、「細胞の心がわかる男」と呼ばれています(「料理もそこそこうまい、僕ほどではないけど」とは先生の評)。先生、実験がうまいとは? 「培養細胞を顕微鏡で見て、今日は元気かどうかわからないと実験はうまくいかない。細胞って生き物でしょ、相手の気持ちをわかろうとしないと細胞も教えてくれない」。なるほど、繊細な感性が必要なんですね。「遺伝子の組み換えとかは案外簡単、タンパク質はその次に難しくて、個体はもっと難しいですから。細胞の気持ちがわかったら、60兆から構成されているヒトの気持ちも少しずつわかってくる(笑)。だって1個の細胞、1個の遺伝子の機能を突き詰めるのもものすごく難しいのに、60兆からヒトは構成されてるんですよ!」
解明されていない部分も多い、60兆の細胞で作られた人間! そう考えると、自分の存在そのものが不思議になってきます。「人はいったい何なのか、生き物とはいったい何なのかという興味から僕はこの分野に入ったんですよ」。音楽や文学、哲学にも造詣の深い寺田先生らしく、文系理系の枠を超えた、人間の根源に対する探究心が研究の源になっているのですね。研究室では、「自ら問いを見つけ出す知的好奇心のある人」を求めています。
実験室を見せてもらいました。わずかな量でも正確な容量が測れるスポイトのような機器。「これでほんのちょっと取った量で5万円とか10万円とかする試薬もあるんですよ」。
白い粒々、青い粒々はどちらも大腸菌のコロニー(集団)。特殊な薬剤と遺伝子を加えてDNAが改変されたものは白く変化しています。
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