人類学から工学までの多視点で「感動のプロセス」を分析

研究室DATA
竹中宏子研究室
文化人類学
Work
地域の団結と勇気を象徴する「人間の塔」
人間の塔 ―― 竹中宏子准教授が研究対象としているのは、スペイン東部のカタルーニャ地方に、200年以上続く驚異の民俗芸能だ。数百人が1チームになり、人体を骨組みにして、6段から10段にも及ぶ“塔”を形作る。下の人の肩に上の人が立った状態で段を重ねていくので、最終的には10mを優に超える高さになる。何よりすごいのは、塔を築くプロセスだ。まず、礎石の役割を担う数人の男性が肩を組んで円をつくる。その周りを数え切れないほどの人々が何重にも取り巻き、渾身の力で押して支える。その上をよじ登り、数人が1段となって塔を作っていく。
下部の屈強な男性が、シャツの襟を咥えて歯を食いしばる。上段の若い女性も、体を震わせながら重みに耐えている。そんな大人たちの背中を子どもがスルスルと登っていく。最後にひときわ小さな子どもが頂上にたどり着き、高々と片手を上げる。ここで塔は完成するが、直後に、逆の手順で解体していき、全員が地上に下りたら完全な成功となる。少しでも登るタイミングがずれたり、誰かがバランスを崩したりすれば、一瞬にして崩壊してしまう。リーダーの合図に従い、全員が自分の役割を果たしきって初めて、塔を完成させることができるのだ。下の人は荷重と、上の人は恐怖と闘う。だから団結と勇気が欠かせない。成し遂げたチームは大観衆から喝采を浴び、誰もが全身に喜びをあふれさせている。
学際を縫い留めてつなぐ文化人類学の役割
文化人類学を専門とし、主にスペインの地域研究を手掛けてきた竹中が「人間の塔」と出合ったのは12年前。出張で訪れたバルセロナで、祭りの出し物の一つとして偶然、目撃したのが始まりだった。
「それまでにも写真で見たことはありましたが、ただの組体操のようで、特に興味は湧きませんでした。けれども、目の前で人間の塔ができあがっていく様子を見て、人々の動きや息遣い、掛け声、一体感に圧倒されてしまった」と竹中は振り返る。
このときの衝撃は、ずっと消えなかった。だが、すぐに研究対象にすることを決めたわけではない。翌年に人間科学部の専任講師として着任してから、竹中は「人間科学部における人類学とはどのような位置づけなのか。学生には、どのように教えればいいのだろうか」と考え続けていた。文化人類学は、一つの地域や社会、民族を総合的に見て、他人に寄り添い、他人を通して自分についても理解を深めていく学問だ。そのためには、その地の言語を習得していなければならないし、頭も柔軟にしておかなければいけない。そして最も重要なのは、いろいろなものに興味を持ち、常に広い視野を保つことだ。学問分野を横断する研究者が集う人間科学部は、そのために絶好の環境にある。
「人間科学が他分野と積極的につながることで、研究に多角的な視点を取り入れることができるはず。それに、人と人をつなげるのも人類学の役目ではないか、とも思いました」
現場の“ナマ感”にこそ見出すべき価値がある
2015年、別件でカタルーニャを訪れた竹中は、かつて魅了された「人間の塔」の練習風景を見に行くことにした。10年前の熱狂を思い出しつつ、冷静な目で観察し、「これは建物だ」と直感した。人間のパフォーマンスではあるけれど、構造的には建築物である、と。
帰国後、すぐに人間環境科学科で建築計画、建築防災が専門の佐野友紀教授に相談。佐野の紹介で、人間科学学術院内の建築学や都市計画、生活人間工学、教育工学の研究者にも話が伝わった。当初は、文化系と工学系の文化の違いに直面。何年も現場へ通い、現地に住んでようやく入り口に立つ人類学の手法に対し、工学ではすぐに答えを求めようとする。「ビデオを見て荷重を計算し、構造を解いて『これで論文が書ける』というのは絶対違う。そこは議論しました」と竹中は笑う。
2016年、竹中を研究代表者として、学術院内の佐野(前述)、加藤麻樹(人間工学)、古山宣洋(生態心理学)、西村昭治(情報科学)、佐藤将之(子ども環境学)、余語琢磨(文化人類学)、太田俊二(環境動態分析)の8人(後に学外の2人を加えて現在10人)で、人間総合研究センターの研究プロジェクトに応募。正式に「パフォーマンスを通した『感動』の探究」として共同研究がスタートした。とにかく皆で実際に見てみよう、と連れ立ってカタルーニャへ赴いた。生身の人間が繰り広げる“技”の圧倒的な迫力が、全員の胸にずしんと響いた。何度も通い、チームに入れてもらって実体験もした。
「塔を支えるにはいろいろなサイズのパーツが必要。体格のいい男性だけでなく、隙間を埋める小柄な人も重要な役割を果たしている」(佐野)、「建材では不可能。たくさんの関節を筋肉で動かす人体だからこそできる」(古山)、「危険に対する認識が高く、対処の仕方が伝承されている。リスクがあるからこそ感動も大きくなる」(加藤)など、各々の専門分野の知見を通した分析は、竹中にとって新鮮だ。
「人類学とは異なる視点を入れ込みながら、多角的、立体的なエスノグラフィーを書きたい。そうすれば“人間科学”を標榜できるかもしれません」。その萌芽は既に、若葉に育っている。