工学的技術を使って細胞をコントロール! バイオメディカル・エンジニアリングに取り組む武田研究室
バイオマテリアル(生体材料)およびマイクロ・ナノレベルの微細加工テクノロジーの細胞工学ならびに医用工学への応用を目指しています。例えば、細胞の極性(形態)や遊走運動などの挙動、さらには幹細胞の分化など細胞の機能を制御するバイオインターフェース(微細な加工が施されたり硬さなどの物性が制御されたりすることで、細胞に接した際に様々な機能を発揮する生体材料の表面)技術の開発を行っています。また、このような材料やマイクロ・ナノレベルの装置技術を駆使して、ひとつひとつの細胞を並べて細胞のネットワークを構築したり、細胞から三次元的な筋肉や血管の組織を構築して、細胞間の情報伝達の仕組み解明や生体組織再生への応用を図っています。
Work
医学と工学のつながるところ
生命医科学科は、医学と理工学が融合した新しい学科。医科学・医工学・生命科学の領域の研究を行っています。中でも今回取材した武田研究室は、「私が生命医科学科に進んだ理由、医学と工学の融合というものを一番できる研究室なので志望しました」と修士1年の裏田亜里沙さんが言うように、工学の知識を医学に活用するという側面の強い研究室のようです。「私の場合は、工学の技術を基盤にして、つまり、薬剤とかではなく機械的な刺激を細胞に加えて細胞の反応や潜在的な機能を引き出したりそれを調べる技術を開発し、医学に利用するんです」。
その技術とは、どんなものなのでしょう? 細胞の未知の機能を知る研究に使える材料を開発しているとのことですが...。「細胞を育てるときに、研究用に市販されているディッシュに撒いただけでは細胞の接着する位置や隣り合う細胞の数、さらには機能を制御できません。そこで、私たちの研究室で開発した、薄い膜を表面に張った基板に電子線をあてて、表面の一部の領域を細胞と同じ位かもっと小さく削る技術を使うと、そこだけに細胞をくっつけられるようになるんです。これをうまくやると、自由自在にひとつひとつの細胞を並べられるようになります。最終的には、隣り合った細胞同士の情報伝達をひとつの細胞レベルで細かに調べて、特に神経細胞の新しい機能を発見することを目標にしています」。機能がわかれば、新たな治療法の確立につながる! この技術は「電子線リソグラフィ技術」というそうです。
この技術を使って細胞をコントロールできれば、医療への応用はさらに広がります。脂肪や骨、筋肉や神経に分化するといわれる「間葉系幹細胞」の研究をしている4年生の青木聡美さん。「普通ならば無秩序に動いている細胞を一方向に動くように制御できる基板上で細胞を培養し、規則的な運動が細胞の分化や増殖などにどう影響するかということを解析しています」。これは、幹細胞を特定の細胞種に分化させる技術へと発展させ、皮膚や血管、筋肉など失われた機能を回復する「再生医療」に応用されるのだそうです。
ゼミでは、「論理的な思考能力に基づいた、ポイントを見抜く力」「自分の研究をおもしろく見せる、仲間やファンを増やす、有意なコメントを引き出すプレゼンテーション能力」が重視されます。
マイクロ、ナノというレベルの技術で大きな生体組織をつくる
ところで先生、血管ってどうやって作るんですか? 「一番簡単なのは...毛細血管って、1個の細胞がぐるっと丸まって管になって、それがつながっているんです。だから細胞をがきれいに並ぶような環境を工学技術を使って整えてあげて適当な条件にしておくと、元々丸くなる性質を持っているので自分で丸くなって管になる」。ときおり「細胞1個の大きさは?」などと問題を出しながら、ていねいに教えてくれます。「10マイクロメートル、つまり1mmの100分の1なので、ピンセットでひとつひとつの細胞を並べるわけにいかないからマイクロとかナノレベルのテクノロジーが必要になるんです」。仕組みを応用するには技術が必要、とここで工学と再生医療が結び付くのですね。
「でも、そんな数個の細胞が組み合わされたちっちゃい組織を作ってハイって出されても、実用的な組織として使うには困っちゃうこともあります。なので微小な技術を基にしながらで目に見える大きさの生体組織ものを作る、そういうことを今研究しています」。裏田さん、青木さんが「先生は教えるのがうまくて、質問しやすい」と評するとおり、筆者の何気ない質問にも全力で答えてくれる武田先生。「自分の知っていることを伝えることで、彼らの能力がそれ以上にが膨らんでくれたら嬉しいじゃないですか」。こう言ってもらえると、先生の期待に応えたくなりますね!
普段のゼミでは、2名が各自の研究報告、1名が論文紹介を行います。それに加え、もっとフランクな形でお互いの研究について意見交換をする場として、週1回「ノートミーティング」も行っているのだそうです。「実験ノートの書き方も人それぞれ差があって、こういうまとめ方があったんだとか、こういう工夫をしてるんだとか、ノートの作り方やデータの処理の仕方をみんなでシェアしながらレベルアップを図っています。結構おもしろくて参考になりますよ」。
スタートして2年目の武田研。「研究室として成長過程にありますね。NHKの大河ドラマとかでも、主人公が若いときって勢いがあっておもしろいじゃないですか。今、あの状態だと思います」と先生は笑います。お互いに高めあい、メンバーと一丸となって大きく成長できる研究室です。
武田先生はどんな人?と学生さんに聞くと、「真面目! 一番に真面目!」の答え。汚いところで実験してもうまくいかない、と整理整頓にも厳しいとのことで、場所を区切って共用する医薬品冷蔵庫の中も整然としています。
雑談レベルの質問にも、その都度資料を探して答えてくれる武田先生。一方的にならないように質問を交えながらの丁寧な解説に、学生さんたちに慕われる理由がうかがえました。
Recommend
このゼミを目指すキミに先生おすすめの本
細胞と組織の地図帳
和氣健二郎・著(講談社)
体内の神秘 ―皮膚の下に広がるファンタスティックな生命の鼓動とアートの世界―
スーザン・グリーンフィールド・著/玉嵜敦子・訳(産調出版)
いずれの本も、生体組織が機能を発揮するために、巧みな構造をもっていることがわかり、その構造の美しさを感じられると思います。自然に対する畏敬の念を感じさせられると共に、こういう組織を工学的に作りたいとも思わせられることもあります。
21世紀を切り開く先端医療―バイオメディカル・エンジニアリング入門
東京女子医科大学医用工学研究施設編(Newtonムック)
※1999年発行のムックのため、図書館や古書店で探してみてください。