生物も、気象も、渋滞も。メカニズムを数学で解き明かす「高橋研究室」

レコードで録音した音はなめらかな連続(アナログ)波形、CDで録音した音は0と1の羅列の離散(デジタル)データになっていますが、両方とも美しい音楽をかなでます。このようなことは身の回りの現象や法則でも観察でき、たとえば交通渋滞では、近くで見ると個別の粒子として動いている車が、遠くから眺めると車の疎密波として波の運動に見えます。そして、この種の現象を記述する数学にも連続と離散の二通りがあるのですが、両者を自由に行き来できるような数学はまだできていません。このような『連続と離散をつなぐ数学』とは何かをさぐるのが研究室のテーマです。
Work
「おもしろくなってきた」「あったまいい!」...数式を囲んで盛り上がってます!
4人の4年生、そして高橋先生が揃うや否や、さっそくホワイトボードに計算式が書かれ始めます。「この方法でやってみたんですけど...」「ああ、いいんじゃない?」...式はどんどん展開し、「そうか!」「これでできるんじゃない?」とひらめきが飛び交います。このディスカッションは、「ある方程式を単純化する、これまで誰もやったことのないテクニックを開発する」ために行われます。それは、たとえば「解の公式」のようなものを編み出すということ!? そうか、公式ってだれかが見つけるものなんだ、それは大学4年生かもしれないんだ、と改めて感じ入ります。
高橋研の4年生は、卒論に向けて全員でこの問題に取り組んでいます。数学にもいろんな分野がありますが、こちらの研究室で扱っているのは数学と物理の間の「数理物理」という分野。「『純粋数学』系の人は修業期間が長いんですけど、こちらは教科書があまり存在しない新しい分野なので、現場で活躍してもらう研究室なんです」と、活気あふれるディスカッションの理由を高橋先生が説明してくださいます。ただ、これは決して特殊な雰囲気というわけではなく、ワイワイ話し合って研究するというのは数学の分野では基本的なことなのだそうです。
「未知のものに取り組む場合は、ディスカッションするしかないんで、コミュニケーションはすごく大事なんですよ。たとえ天才が単独で何かを発見しても、人に知ってもらわなければならない。知ってもらうには説明しないといけない。そこからコミュニケーションは始まっていて、学会や研究会は、何かを発表する場ではなくコミュニケーションの場。趣味の切手交換会とまったく同じなんですよ(笑)」。数学はコミュニケーション! ちょっと意外な言葉でしたが、哲学と数学が不可分だったピタゴラスの時代から、変わらぬ姿で数学は発展し続けているのですね。

ディスカッションの盛り上がりに取材しているこちらも楽しくなるほどでしたが、みなさんは「今日初めて『解けた』気がした...」としみじみしていました。「考えても考えても何も発見できない!」と焦ることも多いそうで、研究にはそれに打ち勝つ精神力も必要なんです。

「ちょっと式書かせて!」「ひゃ~」「おー、そうなんや(先生は関西出身)」...高橋先生は「学生の一人」のような雰囲気でディスカッションに加わっています。「先生のテンションが高いので、つられてみんなもテンションが高くなる」と学生さんたち。
実際に起きていることを数学で表し、応用する分野
基幹理工学部には、数学科と応用数理学科とがありますが、どんな違いがあるのでしょう?
「現象に起きていることを数学とつないで解決するというのが、応用数理学科のコンセプトです。気象や渋滞と数学のように、全然違って見えることが根本のエッセンスでは同じものっていうのがおもしろいところです」(新田真奈美さん)。「理論の人の役割は、分析したい対象の本質的なメカニズムをきれいにさくっと取り出すこと。現実のものにはいろんな要素がドロドロ絡まりあってるけど、数学でメカニズムだけを導き出すことで、ほかの専門家がそれを活用できるようになるんです」と高橋先生がおっしゃるように、現実の現象に応用するため、という他分野との結びつきが強い研究を行う学科なのです。
入学時は学科に分かれておらず、2年生に進級する際に希望の学科に配属となる基幹理工学部ですが、入学当初は表現工学科を志望していたという神谷亮さん(4年)は、1年生のときに受けた高橋先生の授業で数学のおもしろさに目覚めたとのこと。高橋先生の授業の、進路が変わるほどのおもしろさ! 入学したらぜひ履修してみてください。神谷さんは、「『連続と離散』、バラバラになってるのとつながっているのとに関係性があるというのはすごいロマンがあって、どういう関係性なのかというのを見たくなります」と、大学院に進学して引き続き研究するそうです。
高校までの数学と大学の数学の違いって?とみなさんに聞くと、「全然違う、やべーと思った(笑)」(福田諭さん)。抽象性も増し、難しくなるのは必至ですが、自分から乗り出していく姿勢が大切だというのが高橋先生からのメッセージです。「勉強と研究はモードが全然違う。今勉強している科目、今習ったことでこんなこと考えてみたらどうだろう。そんな目標設定を自分でやってみる。たぶん理系も文系も同じだと思うんですけど、決して定理・定義・証明を勉強していったら何かできるわけじゃなくて、それを使ってみよう、自分で見つけてみようという姿勢を持ってほしいですね」。高橋先生は、ディスカッション中にいつも「それ、こうしたらどうなるの?」と新しい視点を共有してくれるそうです。高橋研の4年生の研究は、新しいことができたら英語の論文にして発表できるぐらいのテーマを扱っています。「習ったことから考えてみる」姿勢を忘れず、ぜひ挑戦してみてください。

デジタルデータの1を黒、0を白として、0と1が時間ごとに動いていく様子を表した図をみんなで検証。「上が白、白、黒と並んでいたら次は黒になるなどのルールがあるんです。口で言うのは簡単でも、式で表そうとするととても難しいんです」

なんと、「数学は苦手」と公言する新田さん。現実の事象の式での表わし方や計算の仕方を見つけたりするのが、応用数理を学ぶ喜びなんでしょうか?との問いに「見つからなくてごちゃごちゃやってるのも楽しい」と笑顔で答えてくれたのも印象的でした。

「1年間授業を受けてそのあと希望の学科に配属できるというのはすごくいいシステムだと思うのでおすすめです!」と福田諭さん。「いろんな分野の人と仲良くなってほしいという思惑もあるようですし、入学したばかりのときって、まだなんにもわかってないんですよね」。
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