数学を使って経済の変化や社会制度が生まれる理由を紐解く佐々木ゼミ

社会現象を理解するために、数学を使ってアプローチする研究をしています。複数の人や企業などの行動によって社会全体がどう変化するのかを考える「ゲーム理論」や、経済のしくみを数学的に分析する「数理経済学」がゼミの主なテーマです。学部生はまず数学の基礎を学び、大学院に進学してからは経済と関係する課題の数学的解明に取り組みます。より具体的な研究課題は学生の興味に応じて選ばれ、佐々木先生とともに学びます。
研究室DATA
佐々木 宏夫 教授(会計研究科・基幹理工学研究科)
「経済学およびゲーム理論研究指導」(数学応用数理専攻)
所在地:早稲田大学早稲田キャンパス11号館13階
Work
経済を知るために生物学も取り入れる?
この日ゼミにうかがったのは午前11時半。すでに議論が白熱しており、佐々木先生から「一区切りするまで少し待ってください」とお願いされました。発表していたのは修士1年の宮下さんで、英語で書かれた専門書の中のある定理の証明を説明していたところでした。ほかの学生だけでなく佐々木先生も加わり、「この定理はどういう意味をもつのか」「この証明の論理はどうつながるのか」など、活発に討論しています。
映し出されている画面には「Evolutionarily Stable Sets(進化論的に安定な集合)」という文字が。「進化論」というと生物学のイメージがありますが、経済と生物がどう関係するのでしょうか。
ゲーム理論には、ほかの人と協力しないで、自分にとって最適な行動パターンを研究するときに「非協力ゲーム」という考え方があります。限られた環境の中でどう行動するのがベストなのかといったことを、論理的、数学的に考えるため、社会現象を「ゲーム」になぞらえて理解します(有名な例に「囚人のジレンマ」があります。検索して勉強の気分転換のついでに考えてみましょう)。非協力ゲームの中では、これ以上行動を変える余地のない安定状態にたどり着くと、その状態を「ナッシュ均衡」と呼びます。全員がそうなると誰も行動を変えなくなるため、システム(社会)は安定な状態に落ち着きます。
一方、生物の世界でも、「繁栄」という利益が追及されます。もし、遺伝子が変化してしまった突然変異体や外界から侵入者が現れたとき、個々の遺伝子間での局所戦がいたるところで繰り広げられ、集団全体で異分子を排除しようとする動きが生まれます。こういう戦いを経て、侵入者を排除することができるバリアー(障壁)の構築に成功した均衡状態を数学的に表現したものが「進化論的に安定な状態(Evolutionarily Stable State)」です。おや、先ほどの発表の画面に出ていた言葉とよく似ていますね。それは、変化がなくなりシステムが安定する非協力ゲームの結末にそっくりなのです。
このことについて、佐々木先生に教えてもらいました。「非協力ゲームは経済学者が、進化のプロセスは生物学者が、それぞれ独自に研究してきたものです。ところが、不思議なことにお互いによく似た面があることがわかってきたので、進化の考え方を経済学に取り入れて活用できるのです」。経済学と生物学、一見するとまったく違う分野ですが、数学的に見るとお互いに似た面があって活用できるのですね。

スクリーンに映した画面を見ながら、全員で数学的定理の証明に取り組んでいます。佐々木ゼミでは、パソコンではなくiPadを使って発表します。

この日発表していたのは、進化論的安定集合に関する証明。発表用のスライドは英語で書かれていますが、記号は数学の勉強のときに見たことがあるのではないでしょうか。
私たちの知らないところでも使われている経済理論
大学院会計研究科の教授でもある佐々木先生が今後研究したい経済学のテーマの1つに、「分業」が生じるメカニズムの解明があるとのこと。「18世紀の経済学者アダム・スミスは、有名な『国富論』を分業について語ることからスタートさせています。一人で全部をやるよりも作業ごとに分担するほうが効率よく生産ができるという生産プロセスにおける分業から、社会的な分業まで、多様な分業の仕組みを私たちは見聞きしますが、その生成のメカニズムは必ずしも明確ではありません。これを、進化の仕組みの応用として解明できたらおもしろそうなどと考えています」と佐々木先生。この日は進化ゲームと関係する話題が多かったのですが、佐々木先生のゼミの大きなテーマは、経済や制度といった社会現象を数学的に分析することです。学部の段階では数学の基礎を勉強し、修士課程では一人一人が、経済現象や社会現象と絡めたテーマを選んで、それに取り組みます。
たとえば、進化ゲーム以外で受験生にも身近なテーマと思われるものに、「マッチング理論」があります。マッチング理論の応用例としては、大学における入学者選抜の仕組みがあります。大学受験生は、それぞれに自分が進学したい大学についての望みがあります。また、大学側にも、優秀で、その大学の学風にあった受験生に入学してもらいたいという希望があります。互いの希望をできる限りかなえる入学者選抜の仕組みをどうやったら作れるのか?といった問題をマッチング理論は考えます。ほかにもこの理論は応用されています。たとえば、アメリカや日本では、大学の医学部を卒業したてのお医者さんが研修を受ける病院を決めるのにマッチング理論が使われています。
そのようなお話を聞いて一段落したところで、佐々木先生は学生たちに向かって「さっきの証明は完成したかい?」と。実はインタビューしている最中も学生のみなさんは発表中の内容について議論を続けていて、その経緯が気になっていた様子。そのまま再び議論に戻っていく佐々木先生はとてもパワフルで、学生のみなさんもそれに応えるように説明するなど、終始ゼミ全体が一体となっている様子がうかがえました。

佐々木研究室では欧米の大学院に留学する学生も多い。この日はアメリカのウィスコンシン大学大学院博士課程で、博士号を目指して研究中の岩﨑康平さん(最上部写真向かって左端)が一時帰国中で、ゼミに参加してくれた。なお、岩﨑さんの右隣の藤原直輝さんは、早稲田大学の学生として初めて中島記念国際交流財団の奨学生(経営科学)に選ばれ、この秋(2017年9月)に米国のロチェスター大学博士課程に入学することが決まっている。

全員がiPad(大学から研究室に配布された資金で、各自に支給されています)を持って、書き込みを同期できるアプリを使ってセミナーの内容を共有します。「黒板に書くと最後には消さなくてはいけませんが、これなら後から見直すことができます」と佐々木先生。

週1回行うゼミは、午前中から始まり、夕方6時過ぎまで続くのが普通です(それ以外に金曜日には学生が自主的にサブゼミをやっています)。お昼の休憩は佐々木先生も一緒にご飯を食べに行くなど、親密な関係が築かれているようすが伝わってきました。