「道具」から「研究対象」へ。言葉・文字を深く考える 笹原ゼミ
人と人とがコミュニケーションを取るために必要不可欠な「言葉」や「文字」と、情報を伝える媒体であるテレビやラジオ、インターネット、手紙や電話といった多種多様な「メディア」。メディアごとに異なる言葉や文字の使い方・特性をまず踏まえた上で、両者に関してさまざまな方向から研究していきます。具体的な研究テーマは、ゼミ生ひとり一人が興味を持った事柄を自由に選び、真摯な研究を通じて自分なりの真実を見つけることが目標です。
研究室DATA
笹原 宏之 教授(社会科学部 人文科学分野)
ゼミナールI、II、III(メディアと言語の研究/春学期・秋学期)
所在地:早稲田キャンパス14号館
Work
言葉や文字を観察するところから、研究がスタートする
私たちは、日常生活の中で普通に言葉を話し、文字を書きます。また、人に伝える際には、口頭や手紙や「LINE」、あるいは大勢の人に一度に伝えるならテレビや新聞など、何らかのメディア(媒体)をその都度選んで利用しています。そのため、言葉や文字とその伝達方法についてはある程度「わかっている」と思ってしまいがちかもしれません。
しかし、「実は言葉や文字を道具として使っているだけで、その本質や効果についてじっくり考える機会は少ない」と笹原宏之先生は指摘します。その結果、何か考えようとしても材料がない、材料がないから考えが深まらない...ということになってしまいます。
「そこで、まずは普段から自分が使っている言葉を内省したり、周囲の人たちが話している言葉を集めて観察したり、さらに、そこからどういう法則を導けるのかを考察したりすることが必要です。内省・観察・考察を繰り返すことで、言葉の『本当の姿と働き』を探ることができるようになるのです」。これが、笹原ゼミで求められる基本の研究姿勢とのこと。
ゼミ論文や卒業論文の具体的な研究テーマについては、ゼミ生一人ひとりの興味が違うため、できるだけ本人がやりたいことを尊重しているそうです。特に人気があるのは。「キャッチコピーなど人の心をつかむ言葉」に関する研究だとか。「今年のゼミ論では、『あるスポーツの観戦客を増やすには、どんな言葉を使うのが最も有効か』という研究がありました」。
また、笹原先生の専門分野である「漢字」「文字」に関心を持つ人も多いとのこと。「たとえば、フォント(書体)の研究をした人がいましたね。どんなフォントがいちばん可愛くて、どれが最もきれいなフォントなのかといった内容です」。確かに、同じ文字でもフォントが違えば、受けるイメージは大きく変わりそうですね。となると、フォントも「メディア」と言ってよいのかもしれません。
ところで、笹原ゼミは2年生から4年生までを合計すると70人ほどで、ゼミとしてはかなりの大所帯。そのため、各自の卒論(ゼミ論)に向けての発表や卒論の中間発表では、質問や意見も多数出るのだとか。「自分の発表に関する質疑応答はもちろん、他のゼミ生の発表を聞く中で、自分の研究についてまた別の視点が生まれることもあります。一人では思いつかないことにも気づけるのが、大人数ゼミのいいところなんです。 多様な個性同士が切磋琢磨し、答えを見つけ、作っていくのです」。
和気あいあいとしながらも真剣なグループワーク。
元の、魚のエイかと 考えられる象形文字 ↓
一反木綿みたい (学生によるコメント) ↓
船?に見えた (学生によるコメント) 上は、先生考案の「象形文字リレー」。象形文字を見て覚えて書き、次の人に渡す。これを繰り返すうちに、最初の形とはまったく変わってしまう場合も。「古代の文字も使われる中で変化していった、ということを実感できるゲームです」(笹原先生)。
ゼミ生を即席で6班に分け、班ごとに「NHKの番組で入選した短歌の下の句」を考え中。数人で話し合うと、一人では思いつかない言葉や言い回しが見つかったり、発想が広がったりするそうです。
「言葉は奥深い」で片付けずに、できるだけ答えを見つけて欲しい
また、各自の研究発表の合間に、グループワークも行われています。ときにはゲームのような形を取りつつ、言葉や表現について迫ってみることもあるそうです。たとえば、ある日のゼミでは6つの班に分かれて、「再履修」の言い換えを発表して競い合いました。「再履修」とは、主に大学で使う用語で、単位の取れなかった科目を翌年度に再び学び直すことを指します。
みんなが考えた言い換えは、「リピーター」といったシンプルなものや、再履修の人はクラス内での順番が後ろになってしかも学年が上というイメージから「渡辺の次の佐藤さん」、ほかにも「潜入新歓」「古株参入」「1機減り」「デジャブ」などユニークな案が多数!
一見楽しい言葉遊びですが、それだけではありません。そもそも「再履修」はどんなイメージを持つ言葉なのか、言い換えることでイメージをどう変えたいのか、どんな言い換えなら学生に定着しそうか――言葉を探す中で、実はさまざまな意味を構成する要素まで考えているのです。実際、言い換えによって「再履修は恥ずかしいこと」と思わせたい班もあれば、「飲み会で気軽に言うため」の言い換え案を考えていた班もありました。
ところで、 私たちの生活の中には、 いつの間にか使わなくなる言葉もあれば、逆に新たに脚光を浴びる表現もあります。代表的なひとつが「絆」。2011年の東日本大震災をきっかけに特別なニュアンスが強められ、使用頻度が一気に高まったのだと笹原先生は言います。「『絆』という言葉に助けられたという人もいるし、使われ過ぎでよくないという人もいます。この言葉が我々にとってどんな意味があったのかを総括するには、もう少し時間が必要でしょうね」。
なるほど、言葉って奥深いものなんですね...と、ついまとめたくなるところですが、すかさず「それはダメです!」と笹原先生。 「『○○は奥深い』というのはもっともらしい常套句のひとつですが、 うちのゼミでは禁句なんですよ。なぜなら、それは結局何もわからなかったという感覚を述べているのに等しいからです。せっかくゼミで学ぶのだから、奥が深いといって追究を断念するのではなく、その奥には何があるのかひとつでも多く答えを見つけようと、前に前に進んで行く学生であって欲しいですね」。
「再履修」の言い換え案を班ごとに黒板に列記。そして、投票の結果、最高得点(10点)を獲得したのは「太鼓の達人」のセリフをもじった、「もう一回学べる“ドン”」でした。
ゼミ終了まであと10分。 「昔の早稲田は、優・良・可で成績を評価していたけど、優の上はどんな漢字で表わしたらいいかな?」と、寸暇を惜しんでもう一問。 「神」「極」「匠」など、おもしろくて考えさせられる回答が続々!(実際は「秀」)。
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