正解のない問題に挑む力を育む学習環境をデザインする
研究室DATA
尾澤重知研究室
教育工学・知識科学
Work
学習環境を“デザイン”する
実社会で生起するさまざまな問題には、解決のための正解は用意されていない。新しいものを創り出す時も同じだ。誰も答えを教えてくれない問題を解決し、新商品や新サービスを提案する力を養うには、従来の知識伝達型の教育では限界がある。講義を聴くだけでなく、学習者自身が主体的・能動的に課題と解決策を考える「アクティブラーニング」が実社会での課題解決能力を育むという考え方が今では主流となった。
尾澤重知准教授は学生時代にこの考え方に触れ、もともと得意だったIT技術を援用して、遠隔授業やEラーニングのシステムを構築してきた。しかし「ITシステムをどんなに立派に作っても、学習モチベーションを高めるには不十分」なことに気付いた。「コンピュータで完結できない創造的学びを促進するには、人間の関与を含むより広い視野での学習環境構築が不可欠」。そんな学習環境をどう作るかが、尾澤が現在追求している「学習環境デザイン」である。
学生がみずから考案した新商品をプロトタイピング
学習環境デザイン実践の主要な場は授業だ。人間科学部での短期集中授業の例を紹介しよう。尾澤は30名ほどの学生に「昆虫食の促進」「食品廃棄問題」などのテーマを示し、グループごとに新しい商品やプロモーション案の発表を課した。テーマ設定からプレゼンまではわずか数日間。肝心なのは「問題の定義」「目的」「ターゲット」をいかに設定し、説得力ある案に仕上げるかである。
あるグループは昆虫食を食糧問題解決策の一つに位置づけ、若者やアスリートのための栄養食品「MUSHI良品」を考案、「プロテインマン」(オリジナルキャラクター)が登場するビデオ作品でネガティブイメージの解消を図った。あるグループは食品の消費期限切れによる廃棄を抑制するため、購入食品と冷蔵庫在庫データをもとに期限切れが近い食材をリストアップ、適切な料理レシピを提案して食品ロスを予防するシステムを発案した。いずれも商品化の可能性を感じさせるプロトタイプの披露となったが、むしろ学生たちの生き生きとして楽しそうな表情が印象的なプレゼンとなった。ここで尾澤が目論んだのは自発的・主体的に課題解決に取り組む体験をしてもらうことだ。
「従来の学習の価値観を転換するには、みずから積極的に行動したことによる成功体験を重ねてもらうのが一番。最初は身近で興味が持てる易しい課題から始め、解決に向けた真剣な取り組みがポジティブに評価される体験を積むことで、より高いレベルの課題に挑戦して良い結果を出すことができるようになる」と尾澤は言う。
なおプロトタイピングはユーザー側からの評価を受けるためのプロセスでもある。自由闊達な雰囲気の中で褒められたり批判されたりしながら改善点などに気付けるのは大学ならではだ。
学習パフォーマンスの自己評価やSNSでの学習者同士の交流の場づくりも
この授業の最後は、集中授業期間中の学習パフォーマンス変化を自己評価する振り返りチャートの記入で締めくくられた。これは学習の自己分析プロセス(リフレクション)である。尾澤は通常200人超の学生相手の授業を行っているが、その際も必ず学生の自己分析プロセスを用意している。これを実施することにより、授業から脱落する学生が少なくなり、成績が向上する学生が増えることが実証されているという。
また、大人数での授業では学生間のTwitterによる会話を奨励している。知識伝達型の講義では私語にあたり禁止されるところだが、むしろ学生同士が情報交換して学びを促進する建設的なコミュニケーションが実現しているとのことだ。
「教科書に載っているような知識はITを利用した学習システムなどから得られ、また今後はAIからの新たな知見も得られるでしょう。しかし学生参加型の授業や学生に寄り添った適切な学習サポートはコンピュータでは代替できません。その部分を含めた学習環境デザインを追求します」。創造的学習のためのツールと方法、そして学習者や支援者が交流する場。それら全体を設計する学習環境デザインにより、「将来社会で生き残れるだけのスキル、リテラシー、クリティカルシンキング能力を身につけてもらう」ことが尾澤の願いだ。