「学校へ」と「学校に」は何が違う? 言葉に深くこだわる 仁科ゼミ
一言で言うと、「言葉」(日本語)について研究するゼミです。体を動かすことを除けば、「言葉」は人間の活動のほとんど全域にわたって関わっていて、そのため多様な切り口、切り取り方でテーマを選び研究することができます。古典から現代文まで、ゼミ生はそれぞれが興味を持ったテーマを設定し、先行研究を参考にしたり新たにデータを取るなどして、自分なりの方法でさらに研究を深めて、卒業論文の形に仕上げることが目標です。
研究室DATA
仁科 明 准教授(教育学部 国語国文学科)
特殊演習 M
所在地:早稲田キャンパス16号館
Work
ライトノベルの日本語に、漫才の話法など・・・研究対象は幅広い!
日本語やその用法・用例の研究というと、自分にはあまり関係ない話と考える人もいるのでは? けれども、文章を書くときや人と話すとき、言葉や言い方をまったく選んでいない・・・なんていう人はいないはず。意識しているかはともかく、実は誰でも常に日本語のことを考えながら使っているのです。それを、学問のレベルで研究しているのが、仁科ゼミと言えるかもしれません。
ゼミ生は、全員4年生です。3年生で日本語学のゼミを取っていてさらに研究を深めたいという学生が大半だそうですが、「言葉に興味を持っていて研究したいテーマがある学生なら、3年でのゼミを取っていなくても構いません。できるだけ学生の希望に応えたいと思っています」(仁科先生)。
では、具体的にはどんなことが研究対象になるのでしょうか。「私自身は、平安時代くらいまでの古典文法が専門です。でも、学生の関心は古典から現代語まで多岐にわたっています。ですから、私が指導できる範囲であれば、古典でも現代文でもテーマに制限は設けていません」。たとえば、これまでのゼミ生の中には、日常会話とは異なる演劇の言葉に注目したり、マンガやライトノベルで使われる言葉を卒論のテーマにした人もいたそうです。
今年の4年生も、運動のコーチングの言葉を研究しようとしている人、助動詞「だろう」の用法の歴史的な変化を調べている人、なんと「漫才の話法」の秘密に迫ろうという人など、研究テーマはバラエティに富んでいます。「カタカナの使い方をテーマに挙げている人もいますね」。え、カタカナですか? 「カタカナは、外来語や動植物の名前によく使われますが、それだけじゃないんですよ」と仁科先生。
「実際の卒論で、学生がカタカナの何を取り上げるのかはまだわかりませんが、たとえば『切れる』と『キレる』のようにカタカナを使うことが、通常の意味とは違いますよというマークになることがあります」。 なるほど、確かにそんな風に使い分けますね。さらに、文章を「ワタシハニホンジンデス」と全文カタカナで書くと、なぜか日本人が話しているようには見えないという、日本人ならピンと来るカタカナの用法についても説明していただきました。このような用法が、いつ、どうして、どのように生まれたのかなどを、先行研究や用例の収集・整理から検証していくことで言葉の研究になっていくわけですね。
前期のゼミでは、卒論のテーマに関わる先行研究をあたるなどして各ゼミ生が中間発表を行います。「夏休み前にしっかりテーマを固めて、論文を作成できるように準備をするのが目的です」(仁科先生)。
「話し言葉では、『に』と『へ』をどう使い分けているかな?」「省略することが多いかも」「新聞の見出しの語尾は『へ』を使うことが多いのでは」・・・先生からの質問に答えて、みんなで「に」と「へ」の使い分けについて考え中。
発表後のゼミ生同士のやり取りが、研究の有益なヒントに
さて、仁科ゼミの授業は、各ゼミ生の卒論に向けた指導が中心です。前期のゼミでは、それぞれが検討しているテーマに関して、どのように構想・研究が進んでいるかをレジュメにまとめて中間報告します。先生によると、4年のゼミがスタートするときにすでに明確にテーマを決めている人もいれば、まだ漠然としていて前期のうちに悩みながらテーマを絞り込んでいく人もいるそうです。
前期も終盤に近付いたある日のゼミでは、格助詞の「へ」について、江戸時代の滑稽本『浮世床』と現代のキャッチコピーでの意味・役割の違いを比較するという発表が行われました。発表者の埴生悠平さん(4年)は、『浮世床』では「へ」と「に」が明確に使い分けられていて、「へ」は主に場所を示すことを説明。続いて先行研究の論文から、現代の広告コピーの「へ」は 「方向性」に加えて、「進化」や「未来志向」さらには「近未来都市」など、 「時間」の変化を表していることがわかると考察しました。
そして発表後は、他のゼミ生との質疑応答。「そもそも、なぜ『浮世床』を選んだのか?」「『進化』と『未来志向』の『へ』はどう違うのか?」などさまざまが質問が投げかけられ、埴生さんもそれらの質問に、ときには考え込みながら丁寧に答えていました。仁科先生によると、「それぞれ違うことを研究しているので、他のゼミ生は格助詞『へ』に普段から関心を持っているわけでありません。でも、そういう人のほうが研究のヒントになるような有益なコメントをくれることも多いんです。だから、私は黙っていてなるべく学生同士の話でゼミを進めたいと考えているんですよ(笑)」。
もちろん、実際にはゼミ生の質問の後に、先生からも質問とアドバイスがありました。ゼミ生からも、「先生は、日本語について本当に幅広い知識を持っていらして、授業のときには丁寧にアドバイスしてくれるんですよ」(加瀬由理さん)という声が多数! こうして、前期のうちに研究の方向性を固めて、夏休み明けからはいよいよ本格的な卒業論文作成に取り組んでいきます。
「学校に行く」のか「学校へ行く」のか。「法案きょう成立へ」という新聞の見出しはあるけれど「法案きょう成立に」とは言わないのはなぜなのか? たまには、日本語について改めて考えてみるといろいろな疑問や発見がありそうです。そして、もっと深く学びたいと思った人には、日本語のゼミで学ぶという選択肢がありますよ。
ゼミ生の発表中は口を挟むことなく静かに耳を傾けている先生。ですが、手元のレジュメに目を向けるとメモがびっしり! 発表後は、テーマの絞り込み方や研究の進め方についてのヒントをゼミ生にアドバイス。
研究室には、先生の専門分野である古典文法の書籍はもちろん、さまざまな本が所狭しと置かれていました。古語辞典だけでも、このように何冊も(これでもほんの一部です!)。
Recommend
このゼミを目指すキミに先生おすすめの本
日本語ウォッチング
井上史雄著(岩波書店)