医療・介護・福祉の領域で、人間を見つめた経営戦略を学ぶ

研究室DATA
松原由美研究室
医療介護経営
Work
社会福祉法人の内部留保は適正か?
2017年4月1日、戦後に社会福祉法人制度が創設されて以来、経営に関する初めての大改革と言える社会福祉法人制度改革が施行された。その議論の発端となったのが社会福祉法人の内部留保の問題だった。マスコミなどの報道で特別養護老人ホーム1施設あたり平均3億円の内部留保があり、過大ではないかとの意見が巻き起こったためだ。
そうした論調の中で「内部留保は借金返済や設備投資等に投下されることが多く、計上額が全額実在するか不明である。また、判定尺度なしに絶対額だけで過大というのは非論理的ではないか」と指摘したのが松原由美准教授だ。
松原は、社会福祉事業の特性や非営利組織の利益概念を整理した上で内部留保多寡の判定尺度を作り、全国の特別養護老人ホームを対象に、アンケート調査から内部留保多寡について初めて実証研究を行った(厚生労働省老人保健事業推進費等補助金事業)。その結果、大半の施設では過大な内部留保を保有していないこと、過大な内部留保を保有している施設も、職員の処遇状況や社会還元の点で他施設と見劣りせず、意図的に不適切な経営を行うことで内部留保を貯め込んでいるわけではないことがわかった。
また、イコールフッティング論(同一事業であれば同一の条件で競争すべきという考え。例えば課税論等)に対し、そもそも非営利組織である社会福祉法人の利益は、将来の事業支出にしか使えないことから実質的にはコストである点を明らかにし、社会福祉法人への課税は妥当ではないことを示した。さらに事業の財源が広い意味での公的資金であることから、将来のコストであるならば際限なく利益を上げて良いのではなく、事業の安定継続に最低限必要な利益である必要利益という概念と、その具体的計算方法を提示し、必要利益以上の利益は速やかに地域ニーズに応えるべく社会貢献に使うべきとの考えを明らかにした。松原は国会でも参考人としてこれらの意見を述べた。
医療・介護・福祉事業の特徴
松原は、医療・介護・福祉事業の特徴を次のように挙げている。第1に公共性や社会性が高いことである。医療・介護・福祉事業は一部の人のみの話ではなく、国民全体の問題であり、命や生活に密接に関わる問題であること。そのため、支払い能力に応じてではなく、ニーズに応じて必要なサービスが提供されることが目指されている。その結果、第2に、事業費に、税金や社会保険料といった広い意味での公的資金が使われていること。言い換えると、サービスの受給にかかわらず強制的に徴収される資金で事業が賄われている。第3に、こうした事情を背景に市場経済システムとは一線を画した社会連帯の考えを基調としたシステムで運営されている。
松原ゼミでは、こうした事業の特徴を持つ医療・介護・福祉事業の経営のあり方について研究を重ねている。「一般産業であれば利益が大きい企業ほど良い企業と評価されます。しかし広い意味での公的資金で賄われている医療・介護・福祉事業において、利益を出せば儲けすぎと叩かれ、赤字を出し続ければ民間だから倒産する。何を経営のメルクマールにすればよいのかわからない現状に対し、制度の持続可能性を確保しつつ、患者・利用者にとってプラスで、かつ事業者の事業安定継続を図る経営のメルクマールを検討する必要があると思います」
松原は、社会連帯の考えをベースとした医療・介護・福祉制度の理念、政策のあり方、それを実現する経営のあり方について、経営分析を通じ明らかにすることにチャレンジし続けている。さらに、経営とは人を介して成されることから、人を重視した経営こそあるべき姿として、そうした経営のあり方を探索している。「人間を見つめた経営分析と経営のあり方」について共に学ぶことが、このゼミの大きな目的といえる。
より良い世の中を築く、志高き人材を育てる
高齢者と、それを支える現役世代の人数が騎馬戦型から肩車型に変わり、その負担に日本は耐えられないだろうと言われるが、従来も将来も、就業者一人が支える非就業者の数はあまり変わらないと言う。少子化のため、非就業者である子どもの数も減る一方、70、80年代の55歳定年制時代と比べ、働く高齢者が増えているためだ。
「いくら逆境でもそれをバネにピンチをチャンスに変えてきた経営の先輩たちから学ぶことは多い。人口減少社会という暗い報道ばかりの中、このピンチをチャンスに変えるしなやかな経営の発想を持ち、より良い社会とするために何ができるのか、冷徹に数値を分析しながら温かい心で社会に役立とうとする、たくましい人になってほしい」。
医療・介護・福祉分野における研究は、より良い社会の形成に直結していると言えよう。次の時代を担う若者たちの独創的な視点が、社会をより良くしていく新たな仕組みを築いていく。松原は、学生たちにそんな願いを託しながら日々指導にあたっている。