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マインドフルネスは現代人の心を救えるか

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研究室DATA

熊野宏昭研究室
行動医学

 

Work

世界が注目するマインドフルネス

 「マインドフルネス」という言葉をご存じだろうか。簡単にいうと、瞑想を通して、今この瞬間に心を向け、あるがままの自分を観察する方法だ。瞑想というとスピリチュアルなイメージがあるが、マインドフルネスは科学的に研究が進む分野であり、ストレスの緩和や生産性向上に効果があるとして、グーグルやインテルといった大手IT企業がこぞって社員研修に採用したことで、広く知られるようになった。

 心療内科医として患者の治療にも当たる熊野宏昭教授は、マインドフルネスを臨床に活用して、心理療法の効率を上げるための研究を行っている。「例えば、うつ病の人は、『自分はダメな人間だ』という考えに飲み込まれて、ネガティブな思考に陥っていきます。不安障害の人はまだ見ぬ未来を想像して、『失敗したらどうしよう』と心配し、どんどん不安になっていく。よく考えると、この方たちの心を占めている問題は、今、現実に起きていることではありません。もともと人間の心には、頭で考えたことを現実と混同してしまうクセがあるのです。つまり、過去や未来について頭の中で考え、作り上げたイメージ(バーチャルな現実)によって、患者さんは自分で自分の苦しみを大きくしてしまっているわけです」

 マインドフルネスは、そうした状況から抜け出して、シンプルな現実に心を向ける訓練だ。今、ここにいる自分を感じ取ることで、はっと目が覚めて、心を悩ませていたものが現実ではないと気付くことができる。すると問題の本質にショートカットできるようになって、治療期間も短縮できる。

 「“心の問題”は一人一人に向き合う全人的な対応が基本とされますが、もっと科学的なアプローチを取り入れ、治療の効率を上げることは可能だと思います。実際、これまで5年、10年も苦しみ続けてきた患者さんが、マインドフルネスを活用したセラピーを5、6回受けただけで症状が良くなることもあるのです」

心のキャパシティをどう使うか

 瞑想には、集中瞑想と観察瞑想という2種類がある。何か一つのことに意識を集中して心を研ぎ澄ますのが、集中瞑想。一方、意識を外に向けて、まわりの世界を隅々まで感じ取ろうとするのが観察瞑想だ。マインドフルネス瞑想は、後者にあたる。

 人の心にもキャパシティがあって、余計な考えや妄想があふれると、現実が見えなくなり、心ここにあらずになってしまう。逆に、今この瞬間の現実で心が満たされていれば、余計な思考が入りこむ余地はなくなり、心は平静で穏やかになる。それがマインドフルネスな状態だ。

 瞑想は、個人の内的な体験のため科学の対象となりにくかったが、ようやく20年ほど前から、脳科学などの分野で研究が進むようになった。熊野研究室では臨床心理学の観点から、瞑想熟達者の脳波を記録し、別の認知実験のデータなどと照らし合わせながら、集中瞑想と観察瞑想の違いや、マインドフルネスの状態の時、脳がどのような働きをしているのかといったことを解明しようとしている。

 例えば、マインドフルネス瞑想をすると、前頭葉内側の活動量が抑えられることが明らかになっている。実は人間の脳は、考えに集中していない時も、車のアイドリングのように何らかの活動を続けている。これをデフォルトモードネットワークというが、これが活発すぎると、本来スタンバイ状態のはずの脳が常に働き続けて消耗し、それがうつや不安につながるとされている。マインドフルネス瞑想には、このデフォルトモー ドネットワークの過剰な働きを静め、脳を省エネモードにして落ち着かせる効果があるのだ。

自分を脳から変えていく

 マインドフルネスがこれまでの心理療法と違うのは、不安や心配、恐怖といった一つ一つの問題に対処するのではなく、その基盤となるものごとの認知の仕方、自分自身の捉え方を変えようとする点である。これは「五感を鍛える」と言い換えてもいい。

 マインドフルネス瞑想の訓練を続けると、脳の働きや構造まで変化することが、さまざまな研究で実証されている。例えば11時間の瞑想訓練で、意識のコントロールに関係する脳の部位と大脳皮質間の信号伝達が活性化したり、8週間でネガティブな情動をつくり出すとされる扁桃体の厚みが減少し、記憶にかかわる海馬の厚みが増えたりしたというデータもある。マインドフルネスが、脳に近いところに働きかける実効性の高いメソッドであることが、こうした研究からもうかがえる。

 とはいえ、難しく考えることはない。マインドフルネスは、私たちにとって身近なものであり、日常生活の中で実践していくことがなにより大事なのだと熊野はいう。

 「現代社会はストレスにあふれています。特にインターネットの登場により、頭で処理しなければいけない情報が爆発的に増え、誰もが脳を使い過ぎている状態です。1日10分間だけ、自分の呼吸に意識を向け、まわりのすべての音に耳を澄ましてみましょう。すーっと楽になる感覚を覚えたら、それがマインドフルネスへの入り口です」

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熊野宏昭 教授

 
1985年東京大学医学部医学科卒業。1995年博士学位取得。博士(医学)。東京大学心療内科医員、綾瀬駅前診療所院長、東北大学大学院医学系研究科人間行動学分野助手、東京大学大学院医学系研究科ストレス防御・心身医学(心療内科)助教授・准教授を経て、2009年4月から現職。
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