さまざまな体験を通して、社会に風穴を開ける力をつける 小林ゼミ
生涯教育の分野では、学校教育に限らず、教育を幅広い視点でとらえます。例えば、子どもや青年の発達、成人の学習、図書館や博物館のあり方などが対象になります。中でもこのゼミでは、「若者と生涯学習」「子どもの貧困」などを主なテーマにしています。文献を読むことはもちろんですが、大学の卒業生に会いに行ってインタビューしたり、ゲストスピーカーを招いてお話をうかがったり、体と心を動かす授業が多いのが特徴です。
研究室DATA
小林(新保) 敦子 教授(教育学部教育学科生涯教育学専修)
社会教育演習I D
所在地:早稲田キャンパス16号館
Work
ディベートに挑戦! グローバルな時代を生き抜く力に
この日の小林ゼミでは、今年初めてのディベートが行われます。
いじめを過度にとりあげるドラマを禁止すべきである
――これがこの日のディベートのテーマ。「禁止すべきである」という肯定派3人と、「禁止すべきでない」という否定派3人による議論が始まります。
「テレビには視聴の年齢制限がありません。自我が確立されていない子どもが過度ないじめの描写のあるドラマを見たら、模倣犯のようになるのではないか。テレビ番組は大人がつくっているもので、テレビ番組を通して、大人が子どもに犯罪を起こさせてはいけないと思うのです」。まずは肯定派が、その理由を論理だてて説明していきます。
「では、続いて反対側の立論をお願いします。時間は5分です」。
ディベートは、ただ意見をぶつけ合うものではありません。ルールに従って、司会者が進行して行きます。
「確かに、このドラマが放送された後、いじめが急増したというデータがあります。しかし、これは、いじめの認知件数が増えたということを示しています。つまり、ドラマが社会問題を解決する糸口となったのです。過激ないじめの描写を批判することは、現実に起きている社会問題から目を逸らすことになるのではないでしょうか」。
肯定派も否定派も、過去に起こった実際の事件や、調査にもとづくデータなども織り交ぜながら、自分たちの論を説明していきます。
その後、相手の論理に対する反対尋問をし、それぞれが最終弁論をしてディベートは終わりました。肯定派も否定派も、持ち時間は、立論5分、反対尋問3分、最終弁論3分。考えがきちんと整理されていて、ときに強い口調で相手側に質問したり、見ている人に向かって話しかけるように説明したりと、熱気と力があふれています。時間にしてみるとごく短いはずなのに、信じられない充実感です。
そして、ディベート終了後の小林先生は、ニコニコの笑顔。「初めてのディベートだったのに、よくがんばりましたね。素晴らしいディベートになっていました。準備も大変だったと思います。みんな拍手!」と労をねぎらったうえで、論理構成が混乱していた点や、話し方など、6人に対して具体的にアドバイス。「将来、世界に出て行くと、外国の人と議論を戦わせなければならない場面もあるでしょうから、ディベートはそのために役に立つんです。論理的な思考や、多角的な視点を持つための訓練にもなります。それから、負けると、人格を否定されたような気持ちになるかもしれないけど、ゲームとして楽しむことも大事ですよ」。ディベートは毎年行われる恒例の授業。今期第1回目のディベートは大成功だったようです。
「小林先生は、学生ひとりひとりをちゃんと見てくださって、何か失敗した場合でも評価してくださるんです」と先生のことを話してくれたのは、大森さん(3年生)。ディベートでは反対尋問を担当して、先生から「人のよさが出てましたね。ディベートでは、どんどん強気に出たらいいんですよ」とアドバイスされていました。大森さん曰く、「だけど、小林先生って、かなりドSなんですよ(笑)」。この柔和な雰囲気の小林先生が? いったいどういう意味でしょうか?
来週はディベートの第2回目を開催予定。 今回は審査員だった学生が、次はディベーターになり、全員が必ず経験します。
審査員の学生には「ディベート評価用紙」が配られます。内容が論理的に構成されているか、証拠は十分かなどのポイントに従って、肯定派と否定派の様子を評価します。
力をつけること、力を合わせることで、社会は変えられる
「自分の足で稼ぐ」という基本方針を持つ小林ゼミ。具体的にはどのようなことをしているのでしょうか?
「前期の大きな課題としては、『先輩に聞く』というのがあります」。小林先生によれば、学生がそれぞれ、関心のある業界で活躍されている早稲田大学の卒業生を尋ねてインタビューし、それを原稿にまとめるのだそうです。
「見ず知らずの人に取材の依頼をするのって、それだけで大変でしょ。学生は『ええっ! そんなこと本当にするの!?』って言うんだけど、『す・る・の』と言うんです、私(笑)。今の時代は、じっとしていてもインターネットで情報を集めることができます。でもそれでは絶対ダメ。実際に会って話すことから得られるものってとても大きいんです」。そして、卒業生と会うことで、自分の将来を考えるきっかけにもなるそうです。
後期の大きな課題は、やはりゼミ発表会。これが国際会議場の部屋で行われるという大々的なもの。ゲストを招いてお話を聞き、それから学生の研究発表も行われます。過去には森永卓郎さんや大沢在昌さんなどがゲストとして参加されています。
「これもね、イチからすべて学生が準備するんですよ。ゲストに依頼状を書いて、テーマ決めやポスターづくりも。学生は最初、『ええっ! 先生なんてことをやらせるんですか』って言うんだけど、『や・る・の』ってね(笑)」。なるほど、このあたりが、小林先生の「ドS」と言われる部分なのでしょう(なんと、ご自身でも言ってらっしゃいました)。
「でもね、みんな期待以上のことをやってくれるんです。みんなすばらしい力を持っています。私はいつも感心しっぱなしで、早稲田生と出会えて本当によかったって思っているんです」と言いながら先生は胸の上に両手を乗せて、ニコニコとやさしい笑顔。先生の人柄とあふれるパワーを感じます。
それにしても、ゼミのメインテーマは「若者のエンパワーメント」とか「子どもの貧困」ということでしたが、ディベートや先輩への取材が、若者のエンパワーメントや子どもの貧困とどんな関係があるのでしょうか? そんな疑問に小林先生が答えてくださいました。
「エンパワーメントというのは、人が自分自身に力をつける、自信をつけるということ。それとともに、社会に貢献したり、社会を活性化する力になることをこのゼミでは目指しています」。ディベートや、先輩への取材、ゲストスピーカーとの話、ゼミ発表会などなど、盛りだくさんな授業を通して、まず、学生それぞれが力をつけたり、自分の力に気づいたりしているところなんですね。「そう、それともうひとつ、とても大切なことがあります。それはね、ひとりではできないことも、仲間と力を合わせればできる、ってこと。ゼミ発表会も、みんなで力を合わせるから達成できるんです。社会で起こっているさまざまな問題についても同じです。ひとりひとりが力をつけても、個人の力で世の中を変えることはなかなかできません。でも、みんなで力を合わせれば、子どもの貧困や、世代間の格差などの難しい問題に対しても発信力を持つことができる。そして、社会を変えていくことができるんです」。
今の日本社会はたくさんの問題を抱えています。それは根深く、重く、大きな問題で、解決の方法を想像することすらできないものも多くあります。 でも、じつは、私たちひとりひとりが元気であること、自信を持って一歩踏み出すことから道は開けてくるんですね。その力の源が確かに生まれている場所、それがこの小林ゼミでした。
学生に話しかけるときは、つねに笑顔の小林先生。 シンポジウムに参加するために中国に行ってらしたということで、「中国楽しかったですよ~。馬に乗ったりもしました♪」とみやげ話もしてくださいました。
ゼミ発表会のチラシ。この年は「カッコイイ大人になりたい」というテーマで行われました。研究発表の準備はもちろんのこと、チラシづくりから、ゲストの決定、招待する手続きなど、すべて学生自身で進めていきます。
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