自分だけの読み方を見つけ、人を納得させる。「自由に読むことの楽しさと厳しさ」を学べる石原ゼミ
近代文学・現代文学に関わるテーマで自由に論を立て研究するゼミです。文学作品は、自分の心を映す鏡。3年生までに学んだ文学理論、分析の技術を駆使して自分の感性をマッピングし、「自分だけの読み方」を模索します。そして、自分が到達した「読み方」について、論理的に説明してほかの人を納得させるものにします。論理とは、結局は「説得の技術」です。だから、このゼミで学んだことはどこでも生かすことができます。
研究室DATA
石原千秋 教授
「特殊演習 J」(教育学部 国語国文学科)
所在地:早稲田キャンパス16号館
Work
だれかが決めた「正解」でなく、自分の読み方を身につける
趣味の読書で、また学校の授業で、 誰もが文学作品に触れたことがあるでしょう。では、それを「研究する」とは、いったいどういうことなのでしょうか?
近代文学・現代文学を研究する石原ゼミの4年生対象の演習。3年生から石原ゼミで文学理論を使って小説を読む発表、レポートの輪読(みんなでお互いのレポートを読んで論じあうこと)と、ハードな演習をこなしてきた4年生が多数を占めるゼミです。各ゼミ生は前期開始時にテーマを決め、発表や個別指導を経て、夏休み中には卒業論文の草稿に取り組みます。
取材時に発表をしてくれた清水海斗さんが選んだテーマは、高校の授業で読むことも多い、中島敦『山月記』。秀才だがプライドが高く尊大な李徴は詩人として成功する夢に破れ役人に戻るが、 自分の置かれた状況に耐えきれず失踪、そして虎に変身してしまうというストーリーの作品ですが、清水さんはこれを、フランスの精神分析家ジャック・ラカンの理論を使って読み解きます。主人公、李徴の自意識に迫ろうとする清水さんが、「なぜほかの動物でなくて虎になったのか」という点について、先行論文を引いて「虎という動物の模様が文字の比喩になっているので、虎に変身することは文字に変身すると読むことができる」と説明。そんな観点を持つと作品の新たな面が見えてくるのかと感心していたら、ゼミ生から「模様が文字になる唯一の動物が虎なの?」、 「『虎』は象形文字だが、虎の形を表している? それとも縞模様を表しているの?」、「模様全体がひとつの文字なのか、縞模様が文章の行に見えるということなのか」などと疑問や意見が飛び出してきます。発表者の考えが提示されたら、細部まで緻密に考え、根拠を求め、議論することで、自分の読み方が相対化されます。ゼミ参加者全員の真摯な態度がお互いを鍛え、さらに読みを深めていきます。
「意見交換では、納得できる説明を求めて疑問を投げかけます。すると発表した本人も気づいていなかった飛躍した部分が見つかって、それについてもう一度考えてこようということになって、いい議論ができていると思います」とゼミ生の高橋耕平さん。3年生のときの輪読では、10人いたら10人がまったく違う読み方をしていて、唯一絶対ではない「答え」についてみんなで考えるというのがおもしろかった、と語ります。
高校までの現代文の授業では、基本的にテストで「正解」を出さなければならないので決まった読み方が求められてしまいます。「それに対して大学の論文では、自分なりの読み方を、理論を使って証明することができるんです」 (磯部慧利さん)。そこが魅力であり、一方、周囲を納得させられるように論を組み立てることはやはり難しく、研究で苦労している点なのだそうです。
ラカンの「鏡像段階理論」を使って『山月記』を読むという清水さん(中央)。このラカンの理論については3年生のときのゼミで学びました。
発表者への質問を中心に意見交換。真剣勝負ですがユーモアあふれる発言も多く、活気に満ちています。
「説得する技術」を鍛える!
「自分なりの読み方」とはいったいなんでしょう? 「大学では、自分の読み方を前面に押し出していいんですけど、その読み方を人に納得させなければならない。その説得の技術を勉強するんです。自由に読むのとめちゃくちゃに読むのは違います。 誰かに説明して、ああなるほどと言わせられるようになる、それが『自由』に読むことで、そこまでが大学での勉強なんです」と、石原先生が説明してくださいます。文学理論や現代思想を勉強するのは、理論の枠組みを使って人を説得するため。文学研究というと、作家のことを調べるのでなければ、自分に生まれつきそなわった感性にしたがって読む学問と思いがちですが、それだけでは個人の楽しみに終わってしまいます。自分だけの読み方を発見するだけでなく、他人が納得するまで説得する。ここまでやってはじめて文学の研究になるのですね。「自由に読むことの楽しさと厳しさを学ぶ」と先生がおっしゃるのはこのことのようです。
そして、「自由に読む」ということ。先生、これも難しいことですよね? 実は、 1年生の段階では、 みんな同じような読み方をしてしまうのだそうです。「ここから自分のオリジナリティを見つけるには、身につけた理論を使って自分の感性のポジションがどこにあるかを見極めること、その感性は絶対的ではないということを知ること、そして感性の幅をなるべく広く持ち、自分なりの感性の地図を作って、その地図の中で自分の感性がどこにあるかをマッピングすることが必要。この感性の地図を使って作品を読む訓練をしていくと、今自分はここにいるけど、小説によっては感性をこっちに置いてみて、こっち側から読んだ方がいいなということがだんだんわかってくるんですよ」。 ストーリーの流れを追うだけの読書とはまったく異なり、自由に読むことは自分自身を見つめ、知ることから始まるのです。
自分だけの読み方に到達するために、研究対象の作品を何十回も読む。ときには「一生懸命論を立てたのに、書いてみたものが凡庸なものだと悔しいし、その中ですごくおもしろい、自分だけの独自の論を作っている人がいると、そんな読み方もあったのかと驚かされる」(高橋さん)と、苦しむこともある。こうして、正面から作品と向き合い、自分と向き合って研究に取り組んでいきます。
ゼミのみなさんの選んだテーマをうかがうと、夏目漱石、武者小路実篤、三島由紀夫などの近代文学にとどまらず、森博嗣や梨木香歩といった現在も活躍中の作家にまで及んでいます。「石原先生は活字だったら、どんな作品でも柔軟に対応してくださるのも魅力」という磯部さんは、川端康成の新聞小説『女であること』をテーマに、「高度経済成長期の女性の化粧とファッション」を論じる予定とのこと。 高橋さんも、先行研究がほとんどない橋本治を選択しました。 テーマ設定がきちんとできていれば何を選んでもOK、 自由に新しいチャレンジができるゼミで、自分なりの読み方を探してみませんか?
近代文学を論ずるには、現代思想の知識も必要。三島由紀夫『スタア』をテーマに選んだ吉田みず季さんは、フランスの思想家ジャン・ボードリヤールの 『記号の経済学批判』、『シミュラークルとシミュレーション』を携えていました。
著書の多数ある石原先生。たとえば『大学受験のための小説講義』(ちくま新書)は、受験勉強を通じて、小説を読むということへの理解を深められる1冊です。
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