酸素を上手く使って病気を防ごう!! 低酸素環境と病気の繋がりを研究する合田研
食生活や運動などの生活習慣が変化すると、最終的に細胞内外の環境を変化させ、細胞にさまざまなストレスを与えます。細胞環境の変化のなかでも、酸素の供給量と消費量のバランスが崩れて生じる「低酸素環境」に注目しているのが合田研究室。低酸素環境はさまざまな病気と関わっていることが明らかになっています。低酸素と細胞機能の関係を分子レベルで調べることによって、病気が発症するメカニズムの解明や治療方法の確立を目指しているのが、この研究室です。
Work
生活習慣病には、細胞の酸素不足が関係している?
「私は医学部出身なので、患者さんに近い研究をしようと思いました。その中で、自分が取り組んでいる研究は生活習慣病です」と合田先生は話し始めてくれました。生活習慣病とは、栄養素の偏った食生活や運動不足などの生活習慣が、発症原因と深く関係している疾患のこと。糖尿病、動脈硬化、脂肪肝などがあり、近年日本では患者数が急激に増加しています。しかし、病気になるメカニズムは非常に複雑で、まだまだわからないことばかり。最近は、細胞・分子レベルの研究が進み、新しい治療へのアプローチを目指しています。
合田先生の研究室では、この中でも肝臓の病気に注目して、なぜ病気になるのか、どうすれば改善できるのか、細胞の視点から研究しているのです。「肝臓の細胞内に脂肪が貯まると脂肪肝になります。なぜ細胞内に脂肪が貯まるかというと、細胞の外から栄養がたくさん送り込まれてくるからです。肝臓の細胞1個から見ると、周りの環境が、細胞の運命を決めるのに大きく関係しているのです」。つまり、食生活などの生活習慣が悪いと細胞環境が変化してしまい、細胞にとってさまざまなストレスとなっているのですね。
病気と関係する細胞環境は多くあるそうですが、この研究室では低酸素に焦点を絞って研究しているとのこと。 でも、細胞機能と低酸素にはどのような関係があるのでしょうか。「細胞には、酸素濃度を感知するシステムがあるのです。 最近では、 酸素不足が病気と深く関わっていることがわかってきました」。酸素濃度を検知するシステムの中で中心的な役割を果たしているのが、HIF(hypoxia-inducible factor)というタンパク質。 HIFタンパク質は酸素濃度によってその活性が変わり、 さまざまな病気や代謝と関係していることが、合田先生の研究室の研究によって明らかになってきたそうです。
HIFタンパク質の活性を大きく変える酸素濃度。本来なら酸素の供給量と消費量のバランスがとれていて、HIFタンパク質は正しく機能するはずなのですが...。「細胞にたくさん栄養が来ると、エネルギーを作ろうとして酸素を多く使ってしまいます。その結果、細胞は酸素が足りないと感じる、この状況が低酸素環境です」。 なるほど、栄養が多すぎるような生活習慣を過ごしていると、細胞がもっとエネルギーを作ろうとして酸素を使い、低酸素環境になる。 それによってHIFタンパク質の活性が変化して、脂肪肝といったさまざまな病気が引き起こされるというわけ。「低酸素環境と、脂肪肝といった生活習慣病とを結びつけて、病気の根本を探しています」と合田先生。病気の根本がわかれば、治療や予防もピンポイントでできるようになるはず。この研究室に入れば、細胞の立場から病気の謎を紐解くことができるのです。
コミュニケーションが活発で笑顔が絶えない実験室。時には、学年の上下を越えて、実験のディスカッションが白熱することもあるそうです。
実験器具などが所狭しと置かれていますが、実験の手つきは慣れたもの。
研究室に入れば、学生ではなく研究者
次に、この研究室に所属している学生3人にうかがいました。
今年から研究室に配属された学部4年生の佐山さんは、マウスを使って「大腸ガンが肝臓に転移することと低酸素環境との関係」が研究テーマ。生き物を使った研究はとても難しく、実験結果にバラツキが出やすいので「生体内の変化を捕らえるのがすごく難しい」と苦労しているそうです。
培養細胞を使って「細胞の分化と代謝」を調べているのは、修士1年の法桑さん。分化とは、特徴のない細胞が肝臓などを形作るときに、独自の機能を持つようになること。受精卵からの体作りや、再生医療の分野で注目されている研究テーマです。「わかっていないことが多すぎるので、次の実験計画をどうしよう、何に注目しようなどを考えるのは大変ですね」。
修士2年の府川さんは「ショウジョウバエを用いた低酸素環境と脂質代謝の関係」を研究しています。なんと、府川さんの代から立ち上げた研究テーマだとのこと。それもあって、研究も一筋縄ではいかず「予想しないことがどんどん出てきます。でも、原因を考えて、実験で証明できるとおもしろいです。苦労と楽しみは表裏一体ですね」。
マウス、培養細胞、ショウジョウバエ...いろいろな研究手法があり、いろいろなアプローチで低酸素環境と細胞の関係を研究しています。苦労もあるそうですが、そのときは研究室のメンバーや合田先生と相談しているとのこと。特に合田先生については「私たちが実験中でも様子を見に来てくれて、とても面倒見がいい先生です」(法桑さん)、「チャレンジングなことをやらせてくれるなど、自分の意見を聞いてくれます」(府川さん)と、活発に議論してくれるようです。
このことについては合田先生も意識されているようで「私が一方的に話すのではなく、学生からの話も聞くようにしています。私の考えだけで研究しても限界があります。学生の独創的で、時には突拍子もないと思える意見でも、生命現象は複雑で、実験をしてみないとその本質を見出すことはできません。考えていたとおりの結果が得られたときよりも、思ってもみなかった現象を見つけたときにこそ、研究がおもしろいと感じます」。そのために合田先生は、学生に対しても「研究者」という認識で対応しているそうです。ということは、さきほど紹介した3人も立派な研究者! ちょっと憧れますね。もちろん、この研究室に入れば、あなたも学生ではなく「研究者」ですよ。
これは「リアルタイムPCR」という、DNAの定量をする機器。昨年導入したばかりの新入りですが大活躍です。
これは長期にわたり酸素濃度を変化させて、細胞培養できる装置です。この装置によって、体内の酸素環境に類似した環境下における細胞の機能を解析できます。
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このゼミを目指すキミに先生おすすめの本
生と死の自然史 進化を統べる酸素
Nick Lane・著/西田 睦監・訳/遠藤 圭子・訳(東海大学出版会)
一方、受精卵からの体作りを考えると、最初はほとんど酸素がない状態から始まり、胎盤ができて母胎から血液が送られるようになると、多くの酸素を得られるようになりますが、それでも空気中の酸素濃度より低いのです。
この酸素環境の変化は、生物がかつて進化した状況とまったく同じなのです。新しい見方を提供してくれる本です。